「切った食材の味が変わる」と言われる包丁。

藤次郎様にて包丁を購入し、使ってみましたが、すぐに手に馴染み、適度な刃の重さを感じ、刀身は光を反射して輝きます。自宅にあったネギ、大根、人参を切ったところ、スッと刃が入り、特に野菜の下半分からまな板まで刃を落とす過程で、他の包丁なら力が必要なのに、藤次郎の包丁は重みで刃が自然とまな板まで落ち、ほとんど力がいりませんでした。また、しばらく冷蔵庫に入れたままだった野菜の断面は水々しく、光の影響もあるのでしょうが、輝いて見えました。「また使いたい」という気持ちが生まれました。

ここまでのものづくりをする技能。それを得る道のりは平坦ではありません。しかし、私が「苦しく辛いも」のと想像していたその道のりで、大事なのは「楽しむ」「心にゆとりを持つ」「チャレンジし失敗する」ということでした。特に「楽しむ」は、苦しいときに戻る原点であり、前進の原動力となります。

この3つのうち、特に「楽しむ」について、心理学の視点から考えてみたいと思います。

「楽しむ」は、感情の視点でみると、ポジティブ感情の一つです。
ポジティブ感情には、いくつかの効果があります。

1つは、視野を広げ、新しい考えを生み出すということです。

例えばゲームや趣味で「楽しい」と感じると、「もっとやりたい」「もっとできるようになりたい」「もっと知りたい」などの動機が生まれます。次第に、今まで見ていなかったやり方やにも目が向き始めます。そしていつの間にか知識が増え、スキルが上がっていたりします。勉強が苦手だったけどポケモンを全種類言えるという方に会うことがありますが、ポケモンを覚える原動力の一つは、「楽しい」だと思われます。

これは「拡張-形成理論」という理論と呼ばれます。知識やスキルなどが拡張、つまり拡がっていき、新しい自分を形成していくのです。

もう1つは、人間関係を豊かにするということです。
感情を進化の視点から見た場合、ポジティブ感情は、人と人が仲良くなり、みんなで何かをやる上で重要な役割をはたした言われています。例えば楽しそうな人と一緒にいるとこちらも楽しくなります。また、感謝は人を助ける行動を促すと言われます。

ものづくりの現場においても、同じことが言えます。一見すると辛いことを楽しそうにやっている先輩や上司がいると、その「楽しそう」感が伝わってきて、「自分もやってみようかな」と思うことがあります。私はこの効果を実感したことがあり、働きたくないと思っていた学生時代に、「働くことも悪くないのかもしれない」と思えたのは、楽しそうに仕事の話をする社会人経験者の方々を見たからでした。

このように、「楽しむ」ことは、モチベーションを高め、知識やスキルの習得を促し、人間関係を豊かにする効果があります。

しかし、「楽しむ」ことが簡単ではない場合もあります。

例えば、技能を高める道のりで必ず訪れる上達の頭打ちです。「上達しない」「失敗ばかりになってしまう」などと感じます。加えて、自分自身は少しずつ伸びていても、周りの人がそれ以上のスピードで伸びている場合、やはり「上達しない」と感じてしまうこともあります。

そんなときは、「才能がない」とか「向いていない」といったネガティブな考えが頭に浮かびやすくなるものです。訓練するのも嫌になり、いつもはもう少しやっていたことを、「このくらいでいいや」とやめてしまったりもします。ネガティブなことが連鎖して、さらにネガティブなことを呼んでしまうこの現象は、ネガティブ・スパイラルといいます。

苦しいときには苦しい気持ちになるものです。「楽しむ」ことや「心にゆとりをもつ」ことは思い出しにくくなります。そういうときに、「楽しむ」や「心にゆとりをもつ」ことに立ち戻れる仕組みを持っておくことが役立ちます。

例えば私は趣味でバスケットボールをやっていますが、バスケットボールをやると、仕事のことから頭が切り替わり、楽しい気持ちが生まれます。こういった「楽しい気持ち」が「心のゆとり」につながり、ネガティブ・スパイラルから抜けるきっかけになります。また、拡張-形成理論の効果で視野が拡がり、仕事で「上手くいかない」と感じていたことがあっても、「実はこうやったらいいんじゃないか?」というようなヒントを得られることがあります。

このように苦しいときは、「楽しむ」ことを意識的に行うと、視点や気分がリセットされ、いわば原点に戻ることができます。また、苦しいときには楽しむことが難しくなるため、少ない努力で、つまり楽をして楽しめるような仕組みがあることが効果的です。

苦しいときに立ち戻れる原点があること。それは知識や技能が「出来るようになった」と感じたときのことでもいいし、全くそういうものと関係ないものでも良いと思います。原点があり、原点に戻ることが、苦しいときにも少しずつ前進するための、原動力となるのです。