伝統工芸や古美術品の売買、オーダーメードを手がけるの岡本国裕さんが、伝統工芸品や古美術品を国内や海外で取引する中で、職人さんや海外の文化から学んだこと、数々の試行錯誤や実験を通して気づいたことについて、お話してくださいました。第1回目は、仕事のコア・コンセプトと、漆をとおして見えてくる伝統工芸品の生態圏のあやうさについてです。

 


羽田野

流れとして簡単にご説明すると、最初にくにさんのお仕事の中で、細かく区切ることは難しいかもしれないのですが、大まかに3つに分けると何があるのか、それぞれどんなことをどういう流れでやっているのかをうかがいます。

そして特に人の頭の働きや工夫が必要になるのが、複雑なことや要素が多いことについて高い品質で判断しなきゃいけないとか、時間の制限があるとか、責任がかかるとかの中で適切な判断が求められるとき。

そういうときにその人の工夫が出てくる。仕事の構造を伺って、そういう場面があるとすればどんな場面で、その時にどうしておられるか伺えればと思っています。

最初、お仕事の内容を大きく3つにわけると。

岡本

まずメインなのが、伝統工芸品の海外輸出。これが一番の流通量の多い商売ですね。

その次が、古美術品の売買。もともとここがメインだったんですけど、そこから伝統工芸に派生した流れがありまして。理由としては、古美術品はオークションやお客様から買い取ったりするんですね。それを好むお客様に販売するんですけど、壊れてるものとか、手直しが必要なものがけっこうあるんですよ。

それを誰が直すかというと、今現在いる職人さんが直すんですね。伝統工芸士だったり、専門に直しだけやっている人がいるんですけど。もともと古美術屋で働いてた時に、成田空港支店で古美術品と伝統工芸土産を販売していた経緯で、伝統工芸と古美術がここでリンクして、両方扱えるようになったんですね。

で、もう一個分けると、オーダーメイドです。日本の和のデザインとか、伝統工芸士さんの技術をつかった新しいものを作って欲しいというのが、国内外からたまに注文をうけるんです。それを私が伝統工芸士さんとかデザイナーさんをくっつけて、一個のものに仕上げるっていうのが、3つの要素ですね。

羽田野

伝統工芸品の海外輸出と、古美術品の売買。ここは成田のお店でセットになっている部分があって。それに加えてオーダーメイド。和の技術と新しいものが派生する。もともとやろうとしていたのでしょうか。

岡本

私がもともと古美術屋に入ったときに、大手デザイナーさんから注文をうけて、ホテルの専用オーナメントを作ったんですよ。これ面白いなって思って、当時の上司の活動を見てたんですね。

で、自分が取締役になったときに、いろんな展示会見てて、こんなのあったらいいなってのが、いくつか出てきたんですよ。その中で他社さんが作っていた漆のiPhoneケースがあったんですけど、簡易漆を使ったものだったんですね。金箔をしてあるんですけど、簡易的に流通している安い金箔っていうのは、真鍮を使った箔なんです。5年くらい経つと茶色くなってくる。

なんか面白くないと思ったので、自分のコンセプトとしては100年もつものということで、本当の金箔と本当の漆を使ってiPhoneケースを、6年前に職人さんと一緒に作りましてね、手探りで。それが結構数が出るようになって。自信を持って海外に売り出したのが、5年前のハワイ。それがきっかけでしたね。

羽田野

ご自分で展示会で見て、5年で劣化するような簡易の金箔に対して、もっと違うものができるんじゃないかという思いがあり、実際に本物を使って、職人さんとやられた。この世に存在してないものを、新しく作り出したみたいな部分もあるのでしょうか。

岡本

実際には先駆者がいたんですけど。当時iPhoneケースは色々なもので作られていて。和のデザインもあったはあったんですね。

でもお土産チックというか、ちょっと一般的に2、3千円で買えるものが流通していたので。だったら高級志向のものを、本当の職人さんの技術を使ってやってみようかなって。当時漆に凝っていたのがあって、漆と金箔でやってみようっていうのがきっかけ。

羽田野

漆に凝っていたということは、漆に関する知識も色々と。

岡本

漆はかなりミステリアスな存在で。大好きなんですよ。

オークションで、乾漆という花の器、花器があるんですけど、普通、漆器と呼ばれるものは、木とかと陶器に漆を塗るんですけど、乾漆っていうのは漆だけで作っているものなんですね。昔は、漆は船底に塗られていたりとか、ボンドの側面もあって。

最初、硬化するときに柔らかさがあるんですよ。通常、ボンドとかを乾かすときって乾燥させるじゃないですか。でも湿度とある程度の温度を与えて、サウナに入れているような感じにしないと、硬化しないんですよ。

羽田野

乾燥させるだけではないんですね。

岡本

神社仏閣の修復で一番大変なのは硬化の作業で。ビニールとかかけてヒーターたててやるのはそのためなんですけど。

漆の特性の面白いところで、一回硬化すると、5年かけて徐々にガラスに近づいていくんです。さらに、溶けないんです。非常に強い塗膜をもっていて。唯一弱点は紫外線なんですけどね。紫外線があると白ボケて本来のツヤがなくなるんですけど、湿度と温度を与えることによって、黒だったり茶だったりの光沢がきれいに出まして。いろんな酸をかけても溶けないんです。硫酸でも溶けないんです。

羽田野

すごい強いんですね。

岡本

さらに高温は240度まで耐えますので、耐燃性もあるし、最近の科学実験でわかったのは、抗菌性、抗菌作用。いろんなバイキンをプレパラートにのせて培養実験をやったときに、漆だけは、O157を99.9%やっつけてた。

昔の人は知ってか知らずか、漆のお椀とかおせちのお重を使って、当時冷蔵庫なかったですから、おせち料理をお重に入れると、3日間腐らずに食べられるという。どっかで気づいてたんですね。

羽田野

見た目上の問題だけじゃなくて、保管容器としての性能もめちゃくちゃ高い。

岡本

審美性も兼ね備えていますし。

もともと木だけとか陶器だけとか、乾漆は中に布が入ってますけど、そういうものをより強固にして、防水性も強いですから、いろんな器に使ってたりとか、かなり多様性のある素材なんですね。

ただ、ポイントとしてはとるのにすごい時間がかかるのと、漆の木って直径20cmくらいで成木なんです。ちょっと掻いてしまうととれなくなっちゃうんですね。なのでどんどん植樹して、掻いては成長させてって、結構消耗性の高い木材なんですけど。

今国内で生産してるのってごく一部で。ほとんどが中国から輸入してるんですけど、中国は漆を輸出の強い材料としていて、軍が管理してるんです。一般の人が扱えないらしくて。

羽田野

国で漆を売買する。日本では殆ど作らなくなってしまっている。

岡本

作れなくなってるんじゃないですかね。

いま漆器が有名な産地ありますね。会津若松とか富山とか新潟とかあっちの方。あの辺りは漆の木が育ちやすい環境があったみたいです。北は北海道、南は九州の方まで幅広く分布はしてたんですけど、中部から和歌山とかあのあたりにおさまっちゃてる。

羽田野

せばまっている

岡本

どんどんせばまってきてる。

羽田野

漆は素晴らしい性能があるものの、とるのに手間がかかる。中国が作ってるとすると、安い漆が入ってきて、産地がどんどんせばまってきている。

岡本

伝統工芸のくくりで考えると、ものすごい勢いで衰退してるんですけど、昔と違って、簡易的なものが安価で流通するようになってるんで、日本の伝統工芸品の存在がかなり危機的な状態に陥ってる。

買う人がいないので、今までそれを売って食べてる人が食べれなくなって、どんどん職替えをなさって、後継者がいなくなって。漆もその一つなんですけど。まず漆の木の面倒を見る人がいなくなって、掻いて作った漆の売り先が減ってしまっている、ってところから漆器がすごい縮小してる現状なんです。