例えばどこかに旅行に行きたい時、
旅行会社のサイトなどを調べ、
旅行先の情報や行き方、そこでどんな体験をしたいかを
考えます。

ではもし、そういったサイトなどがなかったら
どうなるでしょうか。

一つひとつを自分で調べ、考えなければなりません。

旅行会社のサイトには、それまでその会社が
経験から蓄えた情報が整理され、
利用しやすい仕組みで提示してくれています。

それを下敷きにすれば
一つひとつ自分で調べなくても済みます。

技能を行うときの頭の働きも、これに似ています。

技能を行うのに必要な知識、やり方、水準などのイメージは、
長期記憶と呼ばれる貯蔵庫に蓄えられています。

こうしたイメージを、「心的イメージ」といいます。
熟練した人ほど、この心的イメージが豊かであるとされています。
心的イメージには、まるで旅行会社のサイトのように、
様々な知識、方法、水準が蓄えられており、
その時必要なものを、すばやく利用することが
できるのです。

心的イメージの定義

熟練化の研究の第一人者であるアンダース・エリクソンは、
以下のように定義しています。

ある分野の技能遂行において、
必要とされる事実,ルール,関係性等の情報がパターンとして
長期記憶に保存されたものであり,特定の状況に
迅速かつ的確に反応するのに必要なものである.

たとえるなら、長期記憶はほぼ容量の制限なしに蓄えられる
ハードディスクのようなものです。
いわば記憶の貯蔵庫です。

技能を行うとき、技能者は
記憶の貯蔵庫である長期記憶から心的イメージを呼び出し、
それを下敷きに作業を進めます。

技能五輪選手の1年目と3年目

ある選手の事例です。

1年目の全国大会では、焦りで作業ミスをしてしまいました。
そのときは、なぜ焦りが生まれるのか、わかっていませんでした。

その後経験を重ねて、自分なり知識を増やし、
やり方を分析していく中で、
作業のやり方と時間の感覚や感じ方のつながりが見えてきました。

「こうなると焦る」とわかるようになっていきました。

また、訓練の中で焦り安い状況を
再現して訓練するようになっていきました。

そして、なぜ焦るのかかわからない状態から、
訓練で焦りを再現し、その中でも作業の精度をキープする
水準の技能を身に着けていきました。

この事例から、
知識、やり方、水準、向上の仕組みといった心的イメージが
豊かになったと考えられます。

様々な分野の熟練者

熟練に関する研究から、熟練者が持つ心的イメージが
どんな役割をはたすかについて、様々な事実がわかってきています。
以下は、「超一流になるのは才能か努力か?」
(アンダース・エリクソン、ロバート・プール著、土方奈美訳)
で紹介されている内容を要約して抜粋したものです。

  • チェスのマスターは、心的イメージによって、
    「森」を見ることができると同時に、
    必要に応じて個別の「木」に照準を合わせることができる
  • 優れたサッカー選手は、ボールを受けた選手が
    次にどのような行動をとるか予測する能力が高い。
    試合の映像を見せ、画面を突然停止させ、
    選手の位置関係や走っていた方向を詳しく思い出してもらった。
    その結果、優れた選手ほど、正確に思い出せた
  • 優れた医師は、時間をかけて有効な心的イメージを習得し、
    それを手術の計画、実施、進捗状況のモニタリングに使っている。
    その結果、何か異変が置きた時にそれを察知し、
    適切な対応をとることができる。

以上を踏まえると、熟練するとは、
訓練や実践を通して豊かな心的イメージを作り上げていくことだといえます。

そして、効果的な訓練とは、
豊かな心的イメージを形作るための最適な経験を、
最適な形で提示することだと考えられます。